3.個体標識調査・再捕獲調査               目次にもどる

捕獲して記録をとった個体を、生息地に放して、再び捕獲することができると、再捕獲までの期間に成長したデータなどを得ることができます。また、捕獲地点を地図上にプロットすることで、移動の軌跡や行動圏の範囲を調べることができます。捕獲した個体が以前に記録した再捕獲個体かどうかを確認するための個体識別の方法には、個体標識を行う方法と個体の外見上の形態的特徴で判別する方法があります。ここでは、個体標識などによる個体識別の方法と継続して再捕獲などの調査を行う場合ついて説明します。

捕獲した個体を個体識別するための個体標識法(目印を付けることなど)には、いくつかの方法があります。カナヘビを標識する代表的な方法としては、指切り法(toe-clipping)とペイントマーク法があります。指切り法は、文字通り、指を切除する方法です。前後左右の4肢のそれぞれ5指のどれを切除したかで、個体を識別します。ペイントマーク法は、背面にマーカーで印をつける方法で、マーカーの色と付ける記号や形などによって個体を識別します。指切り法は、終生マーキングで、何年にもわたって成長を追うといった調査に適していますが、マークを確認するためには、捕獲して指を確認する必要があります。ペイントマーク法は、離れた所から双眼鏡などを用いた目視によって個体マークを確認することができます。行動を追跡するといった調査に適していますが、ペイントマークは、脱皮すると脱落しますので、短期間の行動調査などで用いられます。指切り法とペイントマーク法を組み合わせて、ペイントマークが脱落した個体の指切りマークを確認して、ペイントマークをしなおすといったことも行われます。

体重が数十グラムほどもあるような動物では、他の方法も可能です。代表的なものとしてはPITタグ(Passive Integrate Transponder)や発信器(ラジオ・タグ)があります。PITタグは8ミリほどの長さで2ミリほどの太さのガラス管に、マイクロチップが包埋されていて、専用の読み取り器をあてると、マイクロチップの記号番号を読み取ることができます。哺乳類用に開発されましたが、爬虫類でも使われています。カナヘビは、体サイズが小さいので、体内に挿入することはむずかしいといえます。発信器は、製作所によって、いろいろなタイプのものがあります。発信回路部分と電池、アンテナが組み合わされています。発信周波数が個別に違っていることによって、個体識別ができます。調査する動物の大きさや行動特性(水中に入るかといったこと)を考えて、調査目的に適したものを選びます。ある程度の発信距離と電池寿命の長さがあるものは、1グラムを超えてしまいますので、カナヘビに装着することはむずかしいといえます。

指切り法やペイントマーク法などは、個体に負荷をかける可能性がありますので、その点を考慮することが必要です。生活能力に悪い影響を与えることがないようにするだけでなく、近年は動物に苦痛を与えることがないように留意します。また、「動物愛護管理法」では、哺乳類、鳥類、爬虫類に関する留意点がいくつか示されていて、その点についても順守が必要です。指切り法とペイントマーク法についての留意事項は、あとで詳しく述べます。

身体の一部の切除やペイントのような加工を行わずに個体識別する方法は、いろいろと考案されています。代表的なものは、からだの模様の違いで識別する方法です。効率的に写真の個体判定を行うために、コンピューターソフトを用いることも試されていますが、まだ、精度の高い方法は確立されていません。トカゲ類では、体表面の色彩や模様のほかに、鱗の形質も個体差がありますので、個体識別の手掛かりになります。カナヘビは、体側のしま模様の個体差を見分けやすいので、調査地の個体数が数十個体程度という場合は、手作業で写真を照合して、個体識別を行うことが可能でしょう。

指切り法

指切り法は、個体を傷つけることになりますので、調査の目的のために必要な方法であるかとか、手法に習熟しているかといったことを考えなければなりません。できるだけ、専門的なアドバイスを受けることができる状況で行うようにしてください。また、アマガエル類やヤモリ類など、指切り法を避けたほうがよい種類もいますので、カナヘビ以外の調査の場合も、専門的なアドバイスを受けるようにしてください。

指切りは、小型の解剖バサミを用います。全長が11 cmほどの両鋭(両方の刃がとがっている)タイプで、細部の薄膜などを切開するためのものです。指先は、きわめて細く、とくに幼体の第一指と第五指は短いので、精密な刃先のハサミを用意する必要があります。指の切除位置は、爪の生え際の黒いパッドになっている位置より少し根元側で切ります。爪の生え際で切除しても、再生することはありません。指の根元に近い位置で切除すると、切った痕跡がわかりにくくなる可能性があります。

切除する指は、1肢の5指のうち一か所だけにするのが一般的です。第四指(ヒトの薬指で、カナヘビではもっとも長い指)はマークしないという研究者もいます。2カ所だけマークするといったように、マーキングのルールを自分で設定して、マークする指の位置に応じた個体番号を決めておきます。たとえば、右前肢を4ケタ目、左前肢を3ケタ目、右後肢を2ケタ目、左後肢を1ケタ目として、第1指から第5指を15とした場合、左前肢の第3指と右後肢の第5指の2カ所をマークした個体は、No. 0350となります。メスとオスを区別して、メスをfとして、オスをmとする場合は、メスのNo. 0350は、f-0350となります。マークの位置と個体番号の対応は、調査者によって設定のしかたが異なります。マークの有無を2進法で番号にするといった例もあります。

あらかじめ個体マークの番号表を作っておいて、過去にマーキングに使った番号がわかると、重複マーキングを防ぐことができます。

左右の前肢あるいは左右の後肢を間違えやすいので、背面から見て右が右前肢といったように、マークする指の四肢の位置を勘違いしないことにも注意が必要です。後肢は第四指がとくに長いので、指の順番を間違えることはありませんが、前肢の指の長さは極端な差がありませんので、内側から何番目かを間違えないようにします。

マーキング以外に、カナヘビの生活の中で、指が欠損することがあります。飼育下でも、個体間の餌の取り合いなどのときに、咬みつかれて、指が欠損することがあります。野外での指の欠損の要因は不明ですが、欠損した個体がでることを頭において調査を進めることが必要です。初めて捕獲したにもかかわらず、指が欠損しているという場合、その欠損している指を個体番号に使うことはありえます。ただし、隣り合っている2本とか3本の指が欠損しているという場合がありますので、その場合の番号の表記法を決めておく必要があります。すでにマーキングしてある個体で、欠損指が増えた場合は、形態的な特徴の記録と合わせて照合する必要がでてきます。

ペイントマーク法

カナヘビにペイントマークする場合のマーカーは、水溶性で乾燥後は耐水性のマーカーを使います。速乾性のシンナー類を溶媒としたマーカーは適しません。カナヘビの胴部・尾部の皮下には骨質の層がありませんので、シンナー類が含まれるペイントを塗ると、体内に浸透していき、場合によっては、その場で死亡する危険があります。ニホントカゲなどのトカゲ属では、骨質の層がありますので、その心配はあまりありません。

水溶性のマーカーを使用する場合は、乾燥するまでに若干の時間がかかりますので、その時間の留め置き用にバケツなどの容器を用意しておくとよいでしょう。

ペイントする位置は、頭部を避けます。頭部背面には第三の眼(Third eye)または濾頂眼(Parietal eye)と呼ばれる松果体孔があって、日長などを感知するといわれているものがあります。背中から腰のあたりの背面にペイントマークをつけるのがよいでしょう。カナヘビの場合は、ペイントで数字や文字を書くには、背面が狭すぎますので、単純な記号(丸印やプラス記号など)とマーカーの色を組み合わせてマークします。

ペイントマークは、目立ったほうが、マーク個体を見つけやすいといえますが、天敵に見つかりやすくなる可能性がありますので、調査地の状況によっては、目立たない色を使うといった気遣いが必要かもしれません。昼間に視覚で探索する捕食者としては、鳥類があげられます。

指切り法と同様に、マーキングの表をあらかじめ作っておいて、いつ個体マークに使用したかがわかるようにしておいたほうがよいでしょう。ペイントマークの場合は、ある程度の日数が経過すると、脱皮とともに欠落してしまいますので、マークしてからの経過日数を確認できたほうがよいということもあります。

形態的個体差で識別する方法

カナヘビは、側面の模様(白いすじとその周辺のこげ茶の斑紋)に個体差があり、それを照合することで個体識別ができます。模様の形状をその場で記号化することはむずかしいので、近接撮影の写真を保存しておいて照合します。カナヘビでは、頭部の背面、側面、腹面に大きい鱗板があり、その数や配置にも個体差があります。体側部の写真で模様を照合するだけでなく、鱗の数や配置を照合するために、背面と腹面の写真を撮っておいたほうがよいでしょう。下の写真は、頭部の側面、背面、腹面と頭胴部側面、総排出孔周辺の例です。いろいろな違いがあることがわかると思いますが、実際の野外調査で、数十個体あるいはもっと多くの個体の写真を照合することは手間がかかりますので、いくつかのチェック箇所を決めておいて、候補となる個体の写真を選別してから、いろいろな個所を見比べるといった手順になります。捕獲地点も候補の個体の絞り込みに有効です。


右側面の写真、左の個体は眼の後ろがこげ茶色の帯、右の個体は上唇にまだら模様がある。


頭部腹面の写真、左の個体は咽頭板が通常の左右4枚、右の個体はときどき見られる左右5枚。


頭部背面の写真、左の個体は頭頂間板と後頭板が離れていて、右の個体は接している。


総排出孔周辺の写真、左の個体はメス、右はオス、どちらも鼠径孔は左右2つずつ。

個体識別調査のデータ処理(作成中)


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