2.捕獲調査     目次にもどる

個体を捕獲する場合は、個体の測定記録が加わります。カナヘビ類では、頭胴長(Snout-Vent LengthSVLと略される)、尾長(再生部分がある場合は再生部分の長さも)、体重、性別が基本的な記録項目です。その他に、交尾のときにメスの脇腹に残るオスの咬み痕、足の付け根あたりに付いていることがあるダニの有無と数、脱皮中の古皮の有無といったことを記録します。ニホンカナヘビでは5月から7月あたりにメスが卵をもっていて腹がふくらんでいることがあるので、そのことも記録します。捕獲する場合は、手に持って、接写した写真を残すことができます。かつては、フィルムとフィルム現像にかなりの費用がかかりましたが、デジカメはあまり費用の心配がないので、背側・腹側・左右の側面といったように、何枚も写真を撮っておいて、個体を識別するための写真を残すことができます(個体標識・再捕獲調査の項目でも説明)。測定・記録が済んだ個体はもとのいた場所に放します。

捕獲は、カナヘビの場合は、手で捕獲するのが基本となります。ピットホール・トラップ(落とし穴式わな)やヌージング(Noosing、細紐で首を引っかける)といった方法は、あまりよい結果が得られないでしょう。カナヘビは、草や小枝の上を動き回りますので、地面を歩き回る種類や樹上に止まっていることの多い種類で有効な捕獲法は、あまり効率的でないといえます。捕獲するときは、ゆっくり近づいて、十分に近づいてから、すばやく手を伸ばして捕まえます。草の上などから逃げて隠れることが多いですが、ニホントカゲのような巣穴に逃げ込む習性を持っている種類と違って、草のあいだなどでじっとしていますので、ゆっくり見つけるようにします。逃げ込んだあたりの草むらを足などでかき分けてしまうのは、カナヘビの生息環境を荒らしてしまうことになりますし、むしろ見つけにくくしてしまいますので、行わないようにしましょう。見つからなければ、また次の機会に見つかればよいといった、余裕のある気持ちで、生息地を荒らさずに調査を進めることが、動物の調査の場合には必要です。

各測定・記録項目の説明

・体長(頭胴長)

カナヘビなどのトカゲ類は、基本的な体サイズとして頭胴長(以下、体長という)を測ります。英語では Snout-Vent Length SVLと略す)と言います。吻端(Snout)から総排出孔(Vent)までの長さです。トカゲ類では、尾を自切する種類が多いので、尾を含めた全長を体サイズの基準とすることは、あまりありません。体長の測定は透明なプラスチックのモノサシを使います。モノサシの裏側に個体の腹側をきちんと当てて、目盛りを読みます。私は、親指と人差し指でモノサシを固定して、中指と薬指でカナヘビの首のあたりを固定するようにしています。総排出孔のほうもモノサシと総排出孔のある腹面をきちんと当てます。まっすぐになるように、若干引っ張って伸ばすようにしますが、引っ張り具合は調査者によって若干差が出ることがあります。共同で調査するような場合は、測定の担当を決めておいたほうがよいでしょう。人によって引きのばし具合に違いがでることは、しかたがないといえますが、同じ調査者はいつも同じように測定することが必要です。個体標識・再捕獲調査のような場合に、次に捕まえた時に、サイズが小さくなっていたといったことがあると、成長の分析どころではなくなってしまいます。調査を初めて行うときには、同じ個体を何回か測定してみて、同じ測定値がでるように練習したほうがよいでしょう。引き伸ばしすぎて、個体にダメージを与えることは避けなければなりませんが、ゆるく伸ばして、個体が体をくねらせることができるといった状態では、測定値にずれがでてきてしまいます。

ニホンカナヘビは、生まれた時の体長は2530ミリ程度、翌年の繁殖時期には4050ミリ程度、その後5565ミリ程度まで成長します。1年で1020ミリ程度の成長ですので、正確に同じ具合に測定しないと、1週間あたりとか10日あたりの成長率の分析といったことはむずかしいということになります。

・尾長 

総排出孔から尾端までの長さです。透明モノサシに尾の腹面をあてて、きちんと伸ばして測ります。きちんといつも同じ具合で引き伸ばして測らなければならないという点は、頭胴長と同じですが、ばたばたしているときに無理に伸ばすと尾を自切する(自分で切る)ことがあるので注意します。一般的にカナヘビ類ではオスのほうがメスよりも、やや尾率(体長に対する尾長の割合)が大きく、体長の成長率よりも尾長の成長率のほうが高いので、年齢の高いオスの個体の尾率が高くなります。アオカナヘビ、ミヤコカナヘビ、サキシマカナヘビのほうが、ニホンカナヘビとアムールカナヘビよりも尾率が高く、コモチカナヘビの尾率が日本のカナヘビ類ではもっとも低いです。コモチカナヘビ以外の5種の成体の尾率は頭胴長の2倍から3倍程度です。

・再生尾

 尾長を測るときに注意して観察すると尾の色に違いがある部分があることがあります。また、そのような違いの境目から先は鱗の形が急に小さく細くなります。そのような場合は、そこから先の部分は再生尾です。再生尾の部分を測定します。再生尾は、天敵に襲われたときなどに尾を自切して、そのあとに生えなおした部分です。色合いが違う部分があっても、脱皮の古皮が残っている部分ということがありますから、鱗の形が変化する境目があるかどうかで判断します。再生尾は、伸び始めの頃は黒っぽい色で、滑らかな皮膚表面ですが、次第に外側に鱗が形成されて、もとの尾とあまり違いがないようになります。捕獲調査で、調査者自身が自切させたといった場合は、再捕獲によって、その後の再生尾の伸長率などのデータをだすことができます。調査者による自切・再生を除いて、再生尾になっている個体の割合は、その場所が天敵に襲われることが多いかどうかを間接的に示すと考えられています。

・体重

 小さなポリ袋を用意しておいて、個体を入れて、持ち運びが可能な電子秤か銀秤(小型のさおばかり)で計ります。日本のカナヘビ類は、大きい個体でも数グラムで、幼体は0.3グラムぐらいですので、目盛りが0.01グラム程度のはかりがよいでしょう。銀秤は最大10グラムの小型のものでも目盛りは0.25グラムですので、電子秤がよいでしょう。ニホンカナヘビで最大の体重は7グラム程度で、他の種類も同程度です。体重の測定に調査者による違いがでるといったことはありませんが、糞尿の排泄前後や胃内容物があるかどうかといったことで変化しますので、その個体の状態をメモしたほうがよいでしょう。とくに繁殖期の成体メスは、外から見てもわかるような卵を持っていることがあり、産卵後は大きく体重が減少しますので、腹のふくらみ具合をメモしておきます。

・その他の記録

 測定項目以外に捕獲時に記録しておいたほうがよいこととしては、脱皮の痕跡、外部寄生虫(ダニ類)、メスの交尾の痕跡、その他の咬まれた痕跡といったものです。

脱皮中や脱皮直後の個体には、脱皮殻(うすい半透明の古皮)が体に付いていることがあります。ヘビ類のように全身の脱皮殻が一度にむけるということではありませんが、胴体の部分は一度にむけてしまい、尾先や指先に残っているということがあります。脱皮は、昆虫のような成長段階の変化というものではなく、古くなった体表を更新するものですので、1年に何回も脱皮します。

外部寄生虫のダニ類が付着しているときは、付着箇所とダニ数を記録します。ニホンカナヘビの場合は、タネガタマダニ(Ixodes nipponensis)が寄生することが知られています。タネガタマダニは、ニホンカナヘビが最終宿主ではなく、シカ類、キツネ類といった中大型哺乳類が最終宿主になります。恒温動物に寄生して越冬してから、越冬後に変態と寄生・吸血・離脱を繰り返していく中で、幼ダニ段階でニホンカナヘビなどに寄生します(竹中 2020)。カナヘビ類では、個体が弱ってしまうほどのダニ寄生がみられた例はありませんが、記録しておいたほうがよいでしょう。都会や島嶼で、中大型哺乳類がいない場所では、ダニ寄生がみられないことがあります(竹中 2020)。

メスの交尾の痕跡は、下腹部にV字の咬み痕です。交尾のときにオスはメスの下腹部を咬んで位置を固定します。V字の咬み痕があると、交尾したことがわかります。いくつもの咬み痕が左右の下腹部に残っている個体がいますが、ニホンカナヘビやその他のカナヘビ属の種類の婚姻システムはわかっていませんので、複数の交尾痕が同じ個体のものか、別個体のものかは、わかっていません。

その他の咬み痕が腹部や尾部、あるいは肩の部分などに残っていることがあります。オスのあいだでの争いのような行動で咬みあうことがあり、交尾痕とは別の咬み痕が残る場合もあります。メスの尾部に咬み痕があることがありますが、交尾の姿勢に入る前に、オスがメスの尾部に咬みつくことがあります。どのような場合に咬み痕が残るかについては、あまり解明されていません。


Copy right Sen Takenaka. All rights reserved.