和名 コモチカナヘビ                      日本のカナヘビ類にもどる
学名
 Zootoca vivipara (Lichtenstein 1823)

分布: ヨーロッパのイギリス、イベリア半島、バルカン半島、スカンジナビア半島へと広範囲に分布し、さらにロシアの北部、東部、サハリンへと分布が達し、日本では北海道北部のサロベツ原野周辺の町村と稚内、猿払、浜頓別に分布する。

生息環境: 湿原の水辺に巣穴をもって生活することがイギリスで知られているが、海浜の潅木林草地、丘陵の疎林などにも生息する。北海道では主に湿原で見られる。

体色: 背面は全体に暗い褐色で不明確な濃茶の縦線がある。腹面は雄がオレンジ色、雌が黄色。

学名について(2020年7月19日改訂) 
 1787年に Von Jacquin によって Lacerta vivipara の学名が記載されたと考えられてきたが、その文献は植物の博物学を内容としたラテン語の雑誌であり、捕まえたトカゲが子トカゲを産んだという記事であった。そのタイトルが「胎生のトカゲ」、ラテン語で Lacerta vivipara であった。Schmidtler and Böhme (2011) は、それらの経緯を解説するとともに、始めに論文で Lacerta vivipara を学名として用いた Lichtenstein (1823) を命名者とすることが提案された。属名は Wagler (1830) によって変更され、 Zootoca vivipara とされたが、1887年以降の Boulenger によるカナヘビ科の分類整理によって Podarcis などのグループとともに Zootoca も属名としては用いられなくなり Lacerta が使用されてきた。1990年代になってカナヘビ科の系統の生化学的な比較や染色体の検討によって Lacerta の一部を別属とし、コモチカナヘビについても Zootoca 属(Zootoca vivipara)とする論文がでた(Mayer and Bischoff, 1996)。その後、DNAを用いた分岐分析によって残りのLacerta 属の種間の分岐のほうが大きい場合があるといった分析結果を示す論文が相次ぎ (Fu, 1998; Harris et al., 1998など)、コモチカナヘビの学名についてもZootoca viviparaLacerta vivipara の使用が混乱した時期があった。2007年に Arnoldらは、カナヘビ科を再分類した論文を発表し、分子系統と分類が矛盾しない属の分類を提案した。この中でカナヘビ科は Gallotia属と Psammodromus属を含む Gallotinae亜科とそれ以外の Lacertinae亜科に分けられ、Lacertinae亜科は8新属を含む20属に分類された。この分類によって、Lacerta属の種が分岐のあちこちに分散しているといったことはなくなった。Zootoca属には、コモチカナヘビ(Zootoca vivipara)だけが属す。体型が小形で四肢、尾が短めといった特徴だけでなく、他のカナヘビ科の属と異なり染色体数が36ですべてマクロ染色体という特徴をもつ(他の属は多くが36マクロ染色体と2マイクロ染色体)。
 なお、コモチカナヘビはいくつかの亜種に分けることが提案されていて、ロシア以東のものは、かつてサハリンの集団につけられたZootoca vivipara sachalinensis に含まれるとされたこともあったが、この記載は命名要件を満たしていないことから、現在は認められていない。日本の北海道を含む集団は、分子分析によって東ヨーロッパからロシア、北海道までの広い分布域をもつクレードに含まれるが、亜種に分ける場合は、西ヨーロッパ・中部ヨーロッパの胎生の集団のクレードとともに基亜種 Zootoca vivipara vivipara に含まれる。

学名の意味(2021年12月8日追加)
 元の学名の Lacerta はトカゲで、vivipara は子を産む(胎生)を意味するので、「胎生のトカゲ」となるが、変更になった属名の Zootoca は子を産む動物を意味するので Zootoca vivipara は「胎生の子を産む動物」ということになる。

繁殖様式: 大部分の個体群では胎生 viviparity の繁殖様式をとる。北海道の個体群も胎生である。胎生の場合は、輸卵管内で発生が進み羊膜に包まれた子を産む。産子数は4程度。卵生 oviparity の個体群も知られており、スペイン北東部とフランス南西部のピレネー山脈周辺では卵生である。卵生の場合は、白色の卵殻に被われた卵を産み、湿った土中で発生が進み孵化する。最近、スロベニアでも卵生の個体群が見つかっている (Heulin et al., 2000)。

(爬虫類の胎生について: かつては卵胎生 ovoviviparity という用語が使われたことがあったが、胎盤性胎生だけでなく輸卵管との連結を保って卵が発生する場合も胎生とされる。子を産む爬虫類は胎生である。)

北海道の分布起源: 最近、「世界の帰化爬虫類・両生類」(原文英語:Naturalized Reptiles and Amphibians of the WorldLever, 2003の中で日本の北海道のコモチカナヘビの分布は帰化とされた。しかし、これは日本語文献(原、1986)を誤って引用したものであることが指摘されている(竹中、2006)。DNAによる系統分析ではウラル山脈より東の個体群では北海道を含めて差が小さく(Heulin、私信)、分岐年代による大陸やサハリンの個体群との関係を見極めるのは困難であるが、最後の氷河期に北海道まで分布を広げたと考えるのが妥当であろう。

保護上の指定: 環境省の2006年のレッドデータリストで絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定されている。北海道のレッドデータリストで希少種(VU)に指定されている。北海道浜頓別町では町指定の天然記念物としている。

亜種について(2020年7月19日追記)
 コモチカナヘビは現在4亜種に分類される。しかし、かつてのZootoca vivipara sachalinensisの記載が不適切とされ、東ヨーロッパから日本のクレードの亜種の扱いが定まっていないことやヨーロッパ南東部の胎生集団が2つのクレードに分かれることが判明するなど、未解決な点があるため、あえて亜種を示さない論文も多い。亜種に分ける場合は下記のようになる。

 コモチカナヘビの4亜種の分布域・繁殖様式
 Zootoca v. vivipara  --- ヨーロッパ西部・中部(クレードE、胎生西ヨーロッパ型)、ヨーロッパ東部・アジア(クレードD、胎生東ヨーロッパ型) --- 胎生
 Zootoca v. pannonica --- フランス・スペイン --- 卵生
 Zootoca v. carniolica --- ヨーロッパ南東部 --- 胎生
 Zootoca v. louislantzi --- イタリア・オーストリア・スロベニア・クロアチア --- 卵生

 参考文献:
Arnold, E. N., O. Arribas, and S. Carranzas (2007) Systematics of the Palaearctic and Oriental lizard tribe Lacertini (Squamata: Lacertidae: Lacertinae), with descriptions of eight new genera. Zootaxa 1430: 1-86.

Arribas, O. J. (2009) Morphological variability of the Cantablro-Pyrenean populations of Zootoca vivipara (Jacquin, 1787) with description of a new subspecies. Herpetozoa 21:123-146.

Cornetti, L., M. Menegon, G. Giovine, B. Heulin and C. Vernesi (2014) Mitochondrial and nuclear DNA survey of Zootoca vivipara across the eastern italian Alps: Evolutionary relationships, historical demography and conservation implications. PLoS ONE, 9, e85912. https://doi.org/10.1371/journal.pone 0085912

Heulin, B., C.-P. Guillaume et al. 2000. Further evidence of the existence of oviparous populations of Lacerta (Zootoca) vivipara in the NW of the Balkan Peninsula. C.R. Acad. Sci. Paris, Sciences de la vie 323:461-468.

Schmidtler, J.F. & W. Böhme (2011) Synonymy and nomenclatural history of the Common or Viviparous Lizard, by this time: Zootoca vivipara (Lichtenstein, 1823). Bonn zoological Bulletin 60 (2): 214–228


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